2007年08月13日

広瀬弘忠著「人はなぜ逃げおくれるのか―災害の心理学」

広瀬弘忠著「人はなぜ逃げおくれるのか―災害の心理学」集英社新書、¥735
誰もが知っている寺田寅彦の「天災は忘れた頃にやってくる」ということばは、いつも私の中にあるわけではありませんが、やはり地震は怖いので、折に触れて防災に関する本は読んでいます。で、災害学者の広瀬弘忠氏です。現代人は危険を感知する能力が劣っている。我々は安全に慣れてしまっており、危険を実感できない。また、地震や火事に巻き込まれると我々は多くの人がパニックに陥ってしまうと思いがちですが、実はそうではない。「パニックはまれだ、というのが専門家の「常識」なのである」(p.15)。だから、建物火災が起こった際に、「大勢の客がパニックになるといけないから」と火災の発生を知らせるのを遅らせたりすると、それこそパニックを生んでしまうとのことです。では「古い災害観」にとらわれている私たちは、どう行動すればよいのか? 「第2章 災害被害を左右するもの」、「第4章 パニックという神話」、「第5章 生きのびるための条件」を取り上げます。

最初に、「災害被害を左右するもの」。
1)逃げる  これはたとえば津波。地震の被害をなくすことはできないでしょうが、津波の被害はなくすことができます。いかに迅速に逃げるか。
2)不安と危機感  「危機的事態を回避する可能性がある場合には、恐怖や不安が強いときほど、リスクを軽減するための行動は頻繁に起こる」(p.85)。「不安や危機感は、防災行動を全般に渡って高める、刺激剤の役割を果たしていたのである」(p.86)。
3)家族集団による行動  家族が一緒に行動するために、家族全員が犠牲になるということもありますが、「家族の心理的・身体的な相互支援の重要さを考えると、家族とともにあることは、総体的には、サバイバルにとって有利な条件をもたらすものであることは間違いない」(p.90)。
4)夜間に発生する災害は、昼間よりも大きな被害をもたらす  これはなんとなくわかりますね。逆に言えば、災害は夜に発生するもので、あらかじめ避難の可能性を検討して準備をしておくということになるでしょう。
5)模倣性、感染性  避難行動では、隣人や知り合いなどが避難すると、つられて行動することが多い。これも逆に言うと、「誰も避難しないからうちも大丈夫だろう」と判断してしまいがちになります。自分で「ヤバイ」と判断したら、とにかく逃げる。結果的に必要なければ、それでいいでしょう。でも「あのとき避難しておけばよかった」では遅すぎます。気をつけるのは、一度こうした「空振り」があると、次の時に前回の「失敗」が頭をよぎってしまうこと。これはむずかしいかもしれません。このことは頭に入れておくほうがよいでしょう。
6)マスコミ接触とパーソナル・コミュニケーション  「日頃から(中略)マスコミ情報を受容する頻度の高い人ほど、災害情報を知る機会が多くなり、避難行動を早めに始めることができる。また、対人関係が密であったり、近隣との関係が良好な場合にも、パーソナル・コミュニケーションを通じて災害情報が入ってくるために、避難行動の開始にとっては有利である」(p.96)。
7)災害経験と災害文化  被災体験には学習効果があるが、別の種類の災害には役に立たない。しかし、「度重なる災害は、社会の内部に災害文化をつくり出す」(p.98)。災害が起こったとき、自分の場合に置き換えて考える習慣を作っておくことが大切かと思います。

次に、「パニックという神話」。冒頭で触れましたが、実は「パニック」はそれほど心配しなくてよいそうです。パニックが強調されているため、それを避けようとするあまり、危険の回避を遅らせ、結果的にパニックを起こしてしまうというのが多くの場合真実であるようです。

1)「パニック神話」  理解を超えた異常な事態が起こり、それに合理的な説明をつけ加えるときに、ときにスケープゴートが必要になることがあります。そのスケープゴートは、「さもありそうな人物」であったりしますが、それでも説明がつかないときに、「パニック」が原因だったと結論づけられることがあります。これが「パニック神話」、すなわち「災害とパニックを短絡的に結びつける「常識」のウソ」(p.15)の誕生です。

2)パニック発生の4条件
パニック発生の条件は、「いずれも人びとの意識の状態と直接的に関わっているものであり、外部的な客観状況のありようとは、間接的な関わりしか持たない」(p.140)。
a)緊迫した状況におかれているという意識が人びとの間に共有されていて、多くの人びとが、差し迫った脅威を感じていること
b)危険をのがれる方法がある、と信じられること
c)脱出は可能だという思いはあるが、安全は、保証されていない、という強い不安感があること
d)人びとの間で相互のコミュニケーションが、正常には成り立たなくなってしまうこと

3)パニックを防ぐには
a)実際以上に危険の切迫度を強調しすぎてはいけない
b)逆に、危険を過小に伝えたり、正しい状況把握のための情報をだししぶったりしない。
c)避難のためのタイムリーな指示を出すこと
d)ホテルやデパートなど、避難路や非常口をわかりやすく表示し、いつでも利用可能であることを常にアナウンスしていること
e)防災訓練をきちんと行うことで、従業員が落ちついて、客に適切な情報を与え、正しく脱出路への誘導を行うこと

 筆者によれば、「ほんとうに恐いのは、パニックそのものよりも、パニックに対する過度の恐れである。パニックはまれにしか起こらないが、パニック恐怖症は私たちの心の中に常駐していて、災害リスクに対処する際に、適切な判断力と合理的な意志決定の力を損なう」(pp.147-148)。また「パニックという言葉を用いて被害を説明しようとするときには、災害や事故の原因の究明を放棄して、防災上の失敗をごまかそうとする不純な動機があるのではないかと、まず疑ってみることが必要である」(p.149)。

 パニックは、(普通は)ないのです。安心してください。

最後に、「生きのびるための条件」。これはかなりシビアな話ですとあらかじめ予告しておきます。身も蓋もないといいますか。

1)生きのびるということ
a)被災者とサバイバー  「日本語には英語のサバイバーに対応する言葉がない、と言ったのは、アメリカの精神科医のロバート・リフトンだ」(p.152)。生き残ったことではなく、自分の身代わりに誰か(特に肉親)が死んでしまい、自分が生き残ってしまったことを不当だと感じる傾向が、日本では特に強く現れる傾向にある。これは何となくわかりますね。結局後追い自殺をしてしまうような例も、よく耳にするように思います。「被災者を、罪悪感から解放して、サバイバーとしてむかえ入れるために、彼らの心の重荷を降ろすことのできる社会的雰囲気を、積極的に作っていかなければならないのである」(p.154)という筆者の意見に賛成です。
b)生き残った人びとの環境  「災害のもたらすダメージは、すべての人に平等ではなく、不当にもきわめて偏ったかたちで配分されるのである」(p.155)。災害は、打ち倒されてしまう人と、ふたたび起きあがる力のある人とを峻別する。

2)どんな人が生きのびるか
a)年齢  「乳幼児や小児を除いて、若い人ほど被害の程度は軽く、また、回復力も強い」(p.156)。逆に老齢化した人は、サバイバーとなっても、精神的なショックに打ち勝てず、苦しむことが多い。肉体的にも精神的にも、若いほうが有利で、年老いたほうが不利だということです。生き残ったあとでも、若い人のほうが精神的なショックをはねのけやすい。仮設住宅における孤独死が、阪神大震災でも問題になりましたが、こういうことを指しているのですね。
b)経済状況  「災害のもたらすダメージは、経済的に貧しい人びとにより重く、豊かな人びとに軽いという現実がある。(中略)ここで言う軽重には、そもそも損害の量的な大きさが貧しい人びとで大きく、豊かな人びとで小さいという絶対的な意味あいと、量的には同じ損害でも、貧困層には重大で深刻だが、富裕層には軽微だという相対的な意味あいの、両方が含まれている」(p.156)。経済状況は、災害に対する上でも大切だというのです。お金のある人のほうが生きのびやすく、その後の生活でも違ってくる。その意味でもお金は大事ですね。
c)冷静沈着さ  当たり前のことですが、なかなかできないのが、落ちついて状況を判断し、生きのびるための準備をする。本文では1954年9月の台風による青函連絡船洞爺丸の海難事故の例が出ています。事故で生きのびた人たちは、冷静にことに臨み、結果的に無事脱出しておられます。もちろん幸運もあったことと思いますが、冷静に対処することで、幸運に遭遇する確率も上がるというものでしょう。自分のすぐ先に死があると絶望するのではなく、別の先に生があるのだと思えれば、対応の方法も違うのかもしれません。ダメだと思ったらダメなのだと思います。
d)果断でタイムリーな意志決定と行動力  c)とも近いかと思いますが、広瀬氏はクラウゼヴィッツの「戦争論」を引いて、まず必要なのは勇気、そして勇気は知性に導かれて果断な行動にいたらなければならないとしています。「事態の危険性を客観的に評価するための知性と、危険度の評価から導かれた結論を、果断に実行するための勇気である」(p.168)。勇気と実行力はおそらく普段の生活の中でも必要になることがあると思いますが、こうした災害のときにはよりその重要度が増し、より「生き残りやすくなる」と言えるかと思います。
e)生存への意志  「強烈な役割意識や義務感、そして激しい愛情などが、生存への意志を高め、災害の中で漂い去ろうとする命を、この世につなぎ止めるよう働く」(p.169)。泳ぎはまったくダメなのに、大西洋上に落ちた航空機事故で生きのびた33歳のナイジェリア人男性の例、また広島で爆心地から1.7kmほどの場所で被爆した北山二葉(当時33歳)の例があがっていますが、「生きたいと強く希望することは、生き残りのための十分条件ではない。行きたいと強く願えば、必ず生き残れるというものではない。けれども、生きたいと欲し、決して諦めないことは、生き残りのための必要条件である」(p.171)。意志あるところに道は通じると言います。まずなにより、家族や愛する人の顔を思い浮かべ、その人たちといっしょに生きることを強く願うことで、ひょっとしたら災害を生きのびることができるかもしれません。あるいは「生き残ればヒーローになってテレビに出られる」といったちょっと次元の低い願いでも、それを強く願望することで結果的に生き残れるかもしれません。

3)生きのびたあとで
 実は生きのびたあとで、新たな生活が始まります。物語なら、生きのびたことでハッピーエンド。でも生活は、そこからまた継続するのです。よりよく生きる人がいれば、その後の生活を生き残れない人も出てくる。本文ではこのあと、第6章でボランティアなどの例を取り上げて「よりよく生きるための方策」を考えます。

 どうでしょうか? 老齢者より若い人のほうが生き残りやすい、また経済的に富裕な層のほうが貧困層よりも生きのびやすく、その後の生活も有利であるとの発言はかなりショックではないでしょうか? だから、「♪よ〜く考えよう、お金は大事だよ〜」ということになるのです。

 災害を研究しておられるだけあって、大きな災害にあっても「研究者」であることを忘れず、冷静に対処しておられるのはさすがです。しかし決して冷徹な観察者ではなく、「血の通った人間」である面も一連の著書から感じられます。その上で、一人一人がどう生き、そしてどう「よりよく生きるか」を考える上では欠かせない研究であり、著作であると感じます。阪神大震災は1月という寒い時期でしたが、今ごろは物事を考えたりするのには絶好の季節です。地震は明日起こるかもしれません。備えはいつでもできますから、ちょっと立ち止まって考えてみられるといいのではないでしょうか。広瀬氏の一連の著作もお勧めしておきます。
posted by zxcvaq at 06:21| Comment(0) | TrackBack(1) | ☆☆☆☆☆(必読!) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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