2007年06月15日

佐藤優著「国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて」

佐藤優著「国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて」です。これとにかくおもしろかったです。もう少し早く読んでおけばよかったと後悔させられる本でした。いろいろな場所で、この本のすごさ、佐藤氏のすごさは聞いていましたけど、読んでみると本当に知的でおもしろく、興奮します。佐藤氏が頭のよいかたであること、そして精神的にも非常にタフなかたであることが見てとれます。彼が外務省を休職していることは日本の対ロシア外交にとって大きな損失であると思います。五味太郎氏の著作のタイトルを借りれば、彼は「じょうぶな頭とかしこい体」の持ち主ということになるのでしょう。しかし、彼のような人材は外務省には他にいないのですかね? 彼がスーパーマンであることには同意しますが、彼に匹敵する人材が外務省にいないとなると、そりゃ逆に大変なことでしょうね(笑)。

 この本、
1)日ロ関係史における日本側からの証言
2)「塀の中」の様子
3)スパイの心得
と言ったことに注目しながら読んだのですが、結局そうした視点を「佐藤優」という一人の外交官が提供しているからこそ、この本はおもしろい。

 彼や鈴木宗男氏が告発される一連の外務省をめぐる騒動は、佐藤氏に言わせれば「国策捜査」ということになります。佐藤氏は何の罪もないのに獄に入れられたことになりますが、もちろん検察側の主張もあるでしょうし、一方的に佐藤氏の言だけを鵜呑みにするわけにはいきません。しかし先日の堀江貴文氏の裁判でも実刑判決が下されましたが、騒がれたことによって検察のメンツが立たなくなるので有罪になった、と感じてしまいます。「情報屋としては終わった」(p.130)そうですが、こうして著作をなして私たちの前に出てこられたことは、ベストではなくても「最悪ではなかった」といえるのではないでしょうか。

1)日ロ関係史における日本側からの証言
 戦後の日本とロシアの関係について、2000年までに領土問題を解決して平和条約を結ぶという日本政府(外務省)の悲願を達成することはできませんでしたが、そこにいたるまでの経緯をざっと述べてあります。もちろん佐藤氏はその内側にいる人ですから、書けない話も含めてさらにいろいろあると思いますが、我々シロウトにもわかるように書いてあります。
 私もぜんぜん興味もなく知らなかったのですが、平和条約を締結するには領土問題を解決していないとダメなんだそうですね。すると韓国とも領土問題がありますから、平和条約は結ばれていないのでしょうか?

 外務省内の派閥に関しては「親米主義」「アジア主義」「地政学論」の3つの潮流、また「スクール」と「マフィア」などは興味深い話です。学閥はないと言うことですが、キャリアのかたの多くは東大だからでしょうか(というイメージを漠然と持っています)。そもそも私、おそらく学閥が形成されるような人数がいない弱小大学出身なので、数の論理では太刀打ちできず、この点ではわりとひがみっぽかったりします(笑)。この点は、外務省における同志社大学も同じでしょうか(笑)? 私が最初に入った会社も東大出身者がたくさんいらっしゃり、東大以外はまあどうでもよかったような感じだったような?

 日ロ問題、ことに領土問題には立ち入りませんが、一般常識として56年の日ソ共同宣言、93年の東京宣言、01年のイルクーツク声明の重要性だけ押さえておいたらよろしいかと思います。このあたり、教科書に載るような「表の歴史」です。どうでもいいのですが、日本の歴史の教育は近現代史がおろそかになっていて、なんかせっかく勉強するのにもったいないですね。学問とは、現在生きているこの世界を説明するものであるべきで、歴史もこうした観点から教科書を作り、カリキュラムを組むべきだと思いますが…… たとえば二つの世界大戦あたりを説明して、その後現代に向かう流れと、二つの大戦に進んでいく歴史の流れなどを説くとか。じゃないと歴史なんてつまらないと思いますけどね。学ぶ意味を見いだせなくなり、履修しなくていいなんて言う風潮が生まれるのではないでしょうか?

2)「塀の中」の様子
 多分私が塀の中に入ることはないだろうと思うからいえるのでしょうが、拘置所の中の様子がうかがい知れるのは、外部者としては非常に興味深いものです。「塀の中」といえば安部譲二「塀の中の懲りない面々」ですが、これは残念ながら読んでいません。しかしちょっと興味が出てきたので読むかも。あと花輪和一「刑務所の中」ですね。刑務所の中の食べ物がおいしそうです。特にお正月はごちそうみたいですね。わが家は幸いに妻の作る食事は大変おいしいですので、もちろん比ぶるべくもありませんが、ちょっと興味があります。

 さて、食事と取り調べをのぞくと、塀の中でもっとも興味を引くのは読書に関するくだりです。「今から思えば五百十二日間の独房生活は、読書と思索にとって最良の環境だった。学術書を中心に二百二十冊を読み、思索ノートは六十二冊になった。その中で繰り返し読んだのが、『聖書』(新共同訳、日本聖書教会)、『太平記』(長谷川端訳、新編日本古典文学全集五十四−五十七巻、小学館)、ヘーゲル『精神現象学』(樫山欽四郎訳、平凡社ライブラリー)だった」(あとがき、p.394)、「独房で所持できる書籍は三冊以内であるが、『聖書』は別枠(拘置所用語では『冊数外』と言い、宗教経典、辞書、学習書は特別の許可を得て七冊まで所持できる)なので、いつも手元に置き、毎日、預言書に目を通した」(同)などはいろいろなかたが取り上げていらっしゃることと思いますが、興味を引きます。当然ながら、「では自分ならどういった組み合わせで本を持ち込むか」というのは誰しも考えることではないでしょうか。私はキリスト教徒ではありませんが、私も聖書は持ち込みたいと思います。あとは般若心経あたりかな? それと辞書は国語辞典、英和辞典、語学学習用のテキストと辞書といったところでしょうか。別枠でない三冊の本はそのときによって違うことと思います。
 またノートも三冊までだそうです。なるべく厚手のものを用意した方がよいかな。ボールペンはぜひゲルインクでお願いします。

 取り調べについては、担当検事とのやりとりはすごいですね。私などはすぐ「検察の自動供述調書製造器」(p.235)になること、まちがいない。お互いに心理的な揺さぶりあいをしていますが、私なんかその場にいたらこれが心理的な揺さぶりであろうと感じる間もなくしゃべってしまうでしょう。「外務省はあんたのことを完全に切っているぜ」(p.232)なんて言われたら、まちがいなくオイオイ泣いてます。後でも触れますが、こういう風にはなかなか割り切れないと思いますし、割り切れないことがすぐに面に出てしまうことと思います。ピーター・フランクル氏がお父様の言葉としておっしゃっておられた、「人の財産は頭と心だけ」だからと、理性的な対応をすることはむずかしいでしょうね。

3)スパイ・佐藤優
 スパイについて語るならば、やはりこれまで私が読んだ江畑謙介著「情報と国家―収集・分析・評価の落とし穴」、ジャック・バース著「スパイ的思考のススメ」ははずせないと思いますが、佐藤氏が著作の中で取り上げていたウォルフガング・ロッツ著「スパイのためのハンドブック」という本もおもしろく、こちらも読みました。佐藤優お勧めということで、こちらもどうぞ。

 ところで、私はスパイにはなれそうもありません。スパイ、情報屋、呼び名はなんでもよろしいですが、こういうものに私は不向きです。
 まずスパイは非常に頭を使います。短い時間の中で瞬時の判断を常に求められている。たとえばこの本の冒頭でも、2002年9月17日、小泉首相(当時)が金日正総書記と電撃的に会談した臨時ニュースに即座に反応(脊髄反射!)してレポートにまとめるという下りがありますが、これまで習慣的に瞬間的にしてきたことが、拘置所の中でさえ出てくるというのは、情報屋としての本能なのでしょう。

 日常生活の中で参考になるかどうかはわかりません。というより、情報屋の思考はわれわれの日常的思考とは相容れないものなのかもしれません。ソ連時代の政治犯の言葉で、「強い者の方から与えられる恩恵を受けることは構わない。しかし、自分より強い者に対してお願いをしてはダメだ。そんなことをすると内側から自分か崩れる。強制収容所生活は結局のところ自分との闘いなんだよ」(p.13)など、なかなかできないのではないでしょうか。しかし、普段からこういう思考ができていれば、日常生活は恐くないでしょうね。
 あと、「情報屋の基礎体力は記憶力だ」(p.217)というくだりがでてきますが、佐藤氏はペンも紙もない状況で、独房に戻ってから取り調べの状況を再現するのだそうです。取調室には使い捨てのコップに水が入っており、佐藤氏がそれをときどき口にする。「その水の量と検察官のやりとり、また、西村検事は腕時計をはめず(腕時計をしているならば、時間とあわせて記憶を定着させることはそれほど難しくない)、ときどき懐中時計を見る癖があるので、その情景にあわせて記憶を定着させた。今でも取り調べの状況を比較的詳細に再現することができる」(pp.217-218)などはすごいですね。私の試験勉強にこうした記憶術が使えていれば苦労はなかったでしょうに(笑)。
 その他にも、検察事務官との会話から担当検事(西村氏)の人となりを推し量ったり、弁護士とのやりとりの中で全体像に関する情報を持つ人を限定する「クォーター化の原則」の指示を出すなど、「スパイ好き」の目を引くたくさんの「スパイ・テク」がちりばめられています。

 最初に書きましたが、結局この本がおもしろいのは佐藤優氏の個性によるところが大きい。特に検事の西村尚芳(ひさよし)氏とのやりとりでは、「プロどうし」のかけひきがスリリングです。この本のレビューにあたり、私は3つの視点を提供しましたが、本当のおもしろさはぜひ本文で。
posted by zxcvaq at 06:48| Comment(0) | TrackBack(1) | ☆☆☆☆☆(必読!) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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